季節の移ろいと和菓子
旬の素材を使うことはもちろんですが、菓子そのものの中に季節感があるという点で、和菓子に並ぶ食べ物はありません。
そろそろ桜の便りが届くかなという頃になると、桜餅や桜の花をかたどった生菓子が並び、和菓子店に華やかな春の気配が漂います。夏になれば水の流れ、秋には紅葉の野山、冬には雪の静けさや木漏れ日の暖かさを表現した和菓子が登場します。
日本ほど見事な四季に抱かれ、またそれを感じ取る文化を持つ国はないのではないでしょうか。
たとえば夏。風鈴のちりんちりんという慎ましい音色、打ち水をする習慣、絽の着物や浴衣。これら自体はさほど涼しくなくても、音や見た目で涼しさを感じようとする心が表われているものです。
夏になると葛を使った和菓子がつくられます。透き通った質感が水を思わせ、見るからに涼しげです。この葛の菓子は冷やして食べるものではありません。葛はでんぷん質ですので、冷やすと硬くなり、おいしさを失ってしまいます。常温で食べてこそ葛のおいしさが味わえます。葛の和菓子には、風鈴や打ち水と同じ、涼感を演出する感性が込められています。
冷房を利かすよりも、その姿や風情から涼を感じとる。日本人が古くから大切にしてきた心の味わいのひとつといえましょう。
季節を映す和菓子
実は、和菓子の季節感にはふたつあります。ひとつは「その季節だけにつくられる和菓子」、もうひとつは「季節を表現する和菓子」です。
「その季節だけにつくられる和菓子」は、花びら餅、草餅やうぐいす餅、桜餅、柏餅、水羊羹、栗の菓子などです。季節の到来を告げ、その季節が過ぎると「来年またお目にかかりましょう」と、すっと身を引き、次の和菓子に席を譲る。潔い和菓子です。
一方、「季節を表現する和菓子」は、形や色合い、菓銘の響きで季節を表現し、感じてもらう和菓子です。「きんとん」という和菓子があります。そぼろ状にした餡をまぶしてまとめた和菓子ですが、季節によって菓銘と装いが変わります。たとえば、お正月の頃の「芽吹き」という菓銘のきんとんは、白と若葉色のきんとんをまだらに配して、雪の下から新芽が萌え出る様子を表わします。梅の季節には赤と白で「此の花(梅のこと)」を、11月には茶色に白い粉糖を振り「初霜」を。実に巧みに季節を表現しています。
こういう細工が美しい和菓子は、「きんとん」や「煉切り」または「こなし」というものですが、餡と芋などを混ぜたものでつくるため、美味しいことは当然ですが、味は一年中変わりません。形や色合いで季節を感じて頂くことが目的です。
和菓子店をのぞいてみると、季節を表現した和菓子が短い期間で移り変わり、その多彩さ、感受性の豊かさに驚かれるはずです。和菓子は何時の世にあっても季節を大切にしています。